ウイリアム・フォーサイス「ENDLESS HOUSE」

2月1日午後8時。フランクフルト・アム・マインの Bockenheimer Depot にて、ウィリアム・フォーサイスの《Endless House》を観る機会に恵まれた。

この会場には以前、Schmal Club というクラブイベントで訪れたことがある。倉庫のような、あるいは使われなくなった駅のような、不思議な構造の空間だ。

フォーサイスの名前から、ある種「演劇的な空間」があるものと勝手に思い込んでいた。だが、その期待は入場とともにすぐに覆されることになる。


中央には中庭のようなスペースがぽっかりと空き、その周囲を囲うように通路が階層的に巡っている。吹き抜けを見下ろせる構造は、一見「舞台」のようにも思えるが、実際には何の設えもなく、ただそこに「空間」があるだけだった。

「ひょっとして、まだ準備中なのか?」と一瞬思った。

会場内にはすでに多くの人々が集まり、グラスを片手に談笑している。その光景は、まるで舞台作品の開演を待っているというよりも、バーかパーティーイベントのようでもあった(なぜなら「舞台」が見当たらないから)。

自分はひとりでそこにいた。ドイツ語もほとんど聴き取れない。
この空間に対して、他の来場者たちがどんな心持ちで臨んでいるのか、気配をうかがいながらも、手がかりは得られなかった。


ふと、微かな違和感をおぼえた。歓談していた客の何人かが、突然、準備運動のような動きを始めたのだ。グラス(中身がアルコールかどうかは分からない)をテーブルに置き、屈伸をし、開脚する者もいる。
ほどなくして、彼らは観客ではなくダンサーであることが分かってきた。観客に紛れていたダンサーたちが、いつの間にか“始めていた”のだった。

そう気づいても、状況は一斉に切り替わるわけではない。あくまで徐々に、じわじわと。今、自分のすぐ隣にいる人物がダンサーなのか観客なのか、判然としないまま、気づけばあちらこちらでダンスが始まっていた。戸惑っていたのは、どうやら自分だけではなかった。

定まった観客席は存在しない。
パーティションのような白壁がいくつかあるが、それらも随時、ダンサーたちによって動かされていく。舞台としての空間は一瞬も安定することなく、常に形を変え、同時に存在する「舞台」の数さえ移り変わっていく。そしてその変化とは無関係な場所でも、別のダンサーが何かを始めている。


まずは驚いてしまった。「何だコレは」である。
男2人が組み合い、転がりながら静止して型をつくり、覆面をかぶった謎のダンサーが客の靴を盗んで悪戯をしながら踊り、マイクで延々と何かのメッセージを英語で喋りながら、長く伸ばした爪を振りかざす者もいた。ドレスアップした黒人が怒りながら別のダンサーに組みつき、布を顔に密着させて歪んだ表情でうめき声を上げながら徘徊し、携帯電話で誰かと話しながら歩き回る者、客に混じってバーで酒を飲むそぶりをするダンサーもいる。

すべてが無秩序であり、それが演出によるものなのか、各自が自由にやっているのかの判断がまったくつかない。他のダンサーを見ていると、いきなり横で別のダンサーが何かを始める。全く油断のならない空間となっていた。

感動のようなものよりも、まずは困惑。混乱。不可解。
こんなものは初めて見た――そう感じていたのは、きっと自分だけではなかったと思う。

40分ほど、そんな無秩序が続いたころ、いつしか音楽とともにすべてのダンサーが一カ所に集まり、回廊を練り歩いていた。

ここでようやく、「舞台空間」のようなものが立ち上がってくる。だがそれも束の間、音楽がふいに止まり、ダンサーたちはまた各々のダンスを始める。最初のような完全な無秩序ではない。ここからは、なにか見えない物語的な骨格に沿っているようにも感じられた。自由な態勢ではありつつも、ダンサー同士のやりとりや絡み合いが、観客の空間と徐々に区別されていく。

最後に、女性が何かを呟きながら後方へと去ってゆく。
暗転。

不意に拍手が沸き上がった。
自分は、その拍手が起きたことで初めて「終わったのだ」と気づいた。


ここまで記述した「状況」の説明以外に、内容についての感想は書きようがない。筋書きやメッセージがあるのかどうかも分からない。ただひとつ言えるのは、いつの間にか現れてダンサーたちとともに身体を動かし、空間を率いていたフォーサイスが、彼自身の思う「空間」を、妥協なく作り上げていたということだ。現地でひとつ確かだったのはその事実に感動したということだ。

終演後、Bockenheimer Depot の外でビールを一缶飲み、奇妙なカタルシスに包まれながら、電車で帰路についた。

Thumbnail photo: Cropped from a photo by Friedrich Christof Müller, via Wikimedia Commons. Licensed under CC BY-SA 3.0.