
SHARPIE礼賛
油性ペンは昔から好きじゃなかった。インクの匂いがきつく、書き心地にひっかかりがあって融通がきかない。さらに書くとき、かき氷を間違った加減で噛んだときに脳内に鳴る「キュシァー」というきしみ音。つまり五感のうち三つ(嗅覚)(触覚)(聴覚)に不快感を与える存在だからだ。
だから、仕事で簡易校正やOHP、平滑度の高い素材に書き込むときにはいつも三菱ダーマトグラフを使っている。この通称ダーマトにも二癖あって、まず芯をめくり上げた後に残る糸がしばしば筆線に触れて描くのを阻害する。次に、原則として太芯なので細かい書き込みが難しい。
たとえば、自分の悪字で「色カブリ」と書くと、「ブ」の「フ」と濁点が融合してしまう。これを防ごうと濁点を大きく描くと、今度は濁点そのものが「リ」と同じ存在感になって、「色カフリリ」みたいになってしまう。消すこともできず、あげく打ち消し線を入れると、もうその周辺はなにがなんだかわからなくなる。
それでもダーマトは好きな画材なので手放せない。難点は単に機能的な不具合であって、知覚的な不具合ではないから許せるのかもしれない。
それ故に、私の三つの知覚を侵食してくる油性ペンという存在は、どうにも自分の中で許容できなかった。今年の春、アメリカ出張時のフォトセレクションの際、ミーティングスペースの卓上に「sharpie」と書かれた(日本の文具屋で見たことがなかった)ペンがあった。全体的に丸みを帯びたそのフォルムは、どこか子供の画材のようで、半ばからかうような気持ちで書き込みに使ってみたところ、ものすごく書き心地がスムーズで、滑るように書き込める。つまりひっかかりが無いため、「キュシァー」音が出ないのである。「アメリカ!」と畏怖した。
日本で入手できるか当時わからなかったので、お願いして帰りに数本いただいてしまった。
それからというもの、無事アメリカから収穫した3本のsharpieを色校正や指示書に活用していた。常日頃感じていた簡易校正時※1の知覚的な引っかかりが激減したのは、本当にうれしい驚きだった。だからもう大切に使っていたのだが、多忙の中※2散逸して、残り一本となった。
最近はその一本を絶対に無くさないよう、専用の置き場を設けて使っていた。
それから三ヶ月たった先週、ついにそれを紛失した。Amazonで買えることを知り、さっそく補充した。
ついでに、使う予定はないがOHPシートも買ってみたので、何かあったら思うままにOHPに書き込みをしようと目論んでいる。
※1.本紙校正の場合は通常のペンで書く。簡易校正は表面がヌルヌルしてるので、ダーマか油性ペンが必要なのだ ※2.アカを使うタイミングというのは、往々にして締切間際なのだ